
時は明治、偉大な先人によって、日本のポンプの黎明期が築かれました。それがポンプの神様とも言われる、井口在屋(いのぐちありや)東京帝国大学教授です。欧米に遅れをとっていた日本の機械産業を何とか発展させなければ…との思いで、井口が着目したのがポンプでした。
この理論を事業化したのが、井口の弟子、同じ金沢出身の畠山一清(はたけやまいっせい)です。畠山は七尾城主・畠山家の18代当主でありました。
井口の理論から生まれたポンプは、畠山の「何事も熱意と誠心を持って接すれば相手に通じないことはない」「自ら創意工夫する熱意と誠の心」によって信頼と実績を築き、世界を制したポンプとまで言われるようになったのです。その技術は特許をとらず、広く公表したところも、日本の発展を願う、畠山の誠の心だったのではないでしょうか。
愛知県岡崎市にある株式会社福井ポンプ技研